こころ

ここではないどこか

誰といても、ここではないどこかを感じてしまう。

例えば、高校時代の友達

30歳も半ばになると、周りの女友達がみんな結婚や出産で沸き立ち、その悩みで話はいっぱいになる。

仕事ばかりしていて、仕事やお金、将来のキャリアで悩む私とは、全く別のフィールドにいるから、たまに気を使って仕事の話を聞いてくるたびに仕事の真面目な話をすると、「そうなんだ〜」と平行線で話が終わる。わかっていても、なんとなく気持ちがモヤモヤする。

出産はこうした方がいい、子育てはどうした方がいい、旦那と姑がどうのこうのという話で持ちきりになり、私の出る幕はまるでない。

何のなんでこんな場所に私を誘うのだろうか…。いっそ主婦と子持ちの会で分けてくれたらいいのに。高校時代の仲間だからと省いちゃいけないからと謎の正義感や気遣いで誘ってくれているのだろうけど、行っても後悔することが山ほどあるのだ。

だからと言って、結婚や出産を祝わずに出席しない自分は感じが悪い人になるのも嫌で断れないでいる。

海外に旦那の出張にいるという女友達が一番気楽だろう。行きたくなければ断れるし、みんなの状況が俯瞰してわかるから。

どうしてこんなことになったんだろう。

例えば、彼と話しているとき

自営業で働き盛りの彼との会話のほとんどは仕事で埋め尽くされる。

結婚の話なんて出ないし(むしろ彼は結婚には懐疑的である)、子どもの話なんてもってのほかである。生理的にセックスができない(苦手意識があってできない)彼とは、恋人らしいことはほとんどしない。キスも手を繋ぐこともあまりない。

いつも仕事や世の中のことや面白かったことを共有するなど、まるで老夫婦か幼少期の友達のように話していることがほとんどだ。

彼との時間はまるで現世とかけ離れている。社会からドロップアウトしていて、それだからこそ一緒にいられるということもあるのだけれど、また社会に出たときにその差分をどう埋めるのか戸惑う時がある。

たまに彼じゃない人と結婚や出産をするという選択肢を妄想してみるけれど、それはそれでとても自分には手に負えない感じがする(離婚した昔の相手との生活がよみがえってしまう)。だからこそ、今この彼じゃないと私は私のままでいれないのだなと思う。結婚や出産を迫られるのは私にとって少し脅威でもあるから。

けれどたまに、いつか彼が誰かと結婚してしまって私を取り残して去っていくのではないかという不安に襲われて仕方ない時がある。考えたって仕方のないことなのだけど。

安全な場所というのは生きている限りほとんどない

どんなに真面目にしていい子だって、当たり障りのない暮らしを目指してみたって、人生は何か起きてしまうものなのだ。

想像もしないことが突如起きたり、意図しない方向に流されてしまう時だってある。自分を強くしていても、ポキッと心折れる時だってある。

みんな自分の今とは違う道を想像しては、「ここではないどこか」へいってみたいという願望を抱いている。だからこんな思いに挟まれてモヤモヤを抱えている自分をなんとかしようとも思わなくなってきている。

さあ、今日の夜ご飯は何にしようか。