朝からぼーっとして、居心地が悪くって。
特段予定も入れず

特段目立った予定がなかったので、お昼までぼーっと何もしなかった今日。なんだか居心地が悪かったのを覚えています。
ゆっくりしていいはずなのに、なんかやることをやり逃しているように思うこの気持ちは一体なんだろう。
ゆっくりすることも大事だし、今日は体も重いからゆっくりしたい。それでゆっくりしているのだけれど…。
これは自分に「休んでいいよ」というOKを出せない、せっかちな自分がいるのではないかと最初は思っていました。けれど、よく考えてみるとそうでもないのだと気づきます。
やることを先延ばししても

やりたくないことを無理やりやる必要もないと思うのも事実ですが、やっぱり自堕落でいるのは気持ちが悪いというのが本音なのだと思います。
部屋をかたし、掃除をして、ご飯の準備もして、先の予定を見てやれることはやって、さあ自由時間!ということが一種の喜びだったのだと気づいたのです。
自由を感じれるということの裏側には、何かしなきゃいけないことがあったことを今までの経験からも思い返します。そうだ、自由とは何もしないことや縛られないことではないのではないか。
もしかしたら、自由とは自分の心の中に創るものであり、外圧がないことと同意義ではないのかもしれません。
楽に生きるとは

楽に生きるとは、何にも制されないことではなく、自分の状態がフラットでいれることなのではないかと思います。
健康じゃなかったら楽じゃないし、健康になるためには体調管理が必要だし。でも体調管理を習慣化したらどんどん楽になっていきます。そして、その上に新しい楽しみを見出すことや付け加えることだってできるはず。
私たちの発想が、自由=楽をするということに縛られる限りは幻想に取り憑かれてしまうかもしれないと思う日なのでした。