何が役立つかわからない。
役立つことを小さな頃からやろうとする人

小さな頃、どんな習い事をしていましたか?
ピアノ、水泳、そろばん、塾、体操、バレエ、ダンス、書道。さまざまなお稽古ごとに囲まれている中で、それらをやらせていた親の気持ちに今なってみると、いろんなことを思います。
塾は学習力の底上げ、そのほかは体を動かすことや一芸を身につけると言うことでやっていたのではないかと。私といえば、書道と塾くらいが唯一やっていたことでしょうか。
何にせよ、運動音痴だし、楽器はお金がかかるしと言うことで、絞られて残ったものがそれらだったから。
では今、塾と書道が役に立っているかといえば、もちろん役に立っていると思います。
感謝とともに

塾はもともと勉強嫌いな私に勉強する時間を無理やり与えてくれたし、そのおかげでなんとか大学にも入れました。そして書道は何かとものを書くときに恥をかかない字になったし、今はまた書道をやりたいと思うようになりました。
こういうことを残してくれるために親が何か習い事をさせてくれたことには本当に感謝です。ですが私は飽き足らず、大人になると様々な習い事をするようになります(笑)
ヨガやアロマテラピー、漢方などなど。気になればすぐに申し込み体験してみる。お金があれば、興味の向くままに色々やってみています。これは大人だからこそやれる特権ですね。
役に立つとはいったい何か

役に立つと言うことが、それでお金が稼げると言う意味なら、私の今習っている習い事のほとんどは役に立たないことになるかもしれません。
でも、明らかに私の生活を潤してくれているし、これのおかげで自分に嫌気をさしたまま過ごす毎日から逃れることもできていると感じます。
心の救いや拠り所にもなりうるのなら、それは役立っているも同然。そして、いつでもそれは始められることなのです。
今日も思いの向くままに、自分の心に役立つことを始めています。