こころ

もう消費者ではいられない

毎日たくさんの情報に飲み込まれて、自分の居場所を失っていませんか?

わかった気になって1日が終わる

1日24時間、それは誰にでも平等に与えられた時間です。ですが、本当人によってその過ごし方の密度は違います。

ものすごく長く思える1日もあれば、短く感じる1日もあります。

その違いは何かを考えてみると、つつがなく何も起こらない1日は本当にあっという間なのです。生きる行為(=食べる・動く・寝る)だけをこなして、あっという間に1日が過ぎていくというのは、要は何も考えずに時間が過ぎていくことと同等なのかもしれません。

ましてや今や情報社会。スマートフォンを触れば、すぐに情報が出てくる時代です。知らないうちにシャワーのように情報を浴び続けている私たちは、なんとなくその情報を知ってわかった気になって満足している。

でも本当にそれでいいのかな。そんな疑問が私には湧いてきました。

実体験を伴う生き心地

仕事も日常のことも、みんなパソコンやデジタルデバイスを仲介してできます。まるでその機器から世界が広がっているかのように。

だけれど、私たちはまだ本当の世界の厳しさや不思議やあり得なさを体感せずに目の前のおもちゃを通じて与えられる情報に右往左往させられていないでしょうか…。

山を登った時の体のきつさや、自然の厳しさ、面白さ、達成感。それは決して目の前の情報の波からは感じ取れないこと。でもそういったものは、今の生活の中では誰も与えてくれはしないのです。

私たちはいつの間にか大量消費者になった

衣食住にまつわる物質的な物はもちろん、今私たちは情報までも消費するような世界になりました。

そこに行かなくても「知っている」「わかっている」。でも実は本当の感覚はわからない…。

私が感じる疑問はその部分です。知っているやわかっているを超えた部分に、本当の理解があるとしたら、そこに行ってみたい。

もう私は消費者ではいられないのだなと思います。何かを探究し、自分からその場に赴いて体感覚や実体験から理解するということを掴み取り、生み出す。そういう風になっていきたい。

それは消費者ではなく、生産者や発明家になることに等しいのかもしれません。