こころ

本当は私は何がしたいのか

最近、将来やりたいことを習おうとしているのに、何だかもやもやする自分がいます。

習い事ばかりで自分が伴っていないのではないか

なぜモヤモヤするのか。よく考えてみます。

考えてみた結果、不安の正体は、自分のアウトプットがインプットに伴っていないからではないかと言うことでした。

インプットばかりだと、お金が出ていくばかり、誰か先生や師匠の言うことを聞いているばかりで、自分で自己表現をしたいと思っていても、自由に自己表現が伴いません。

かといって、何もないまま自己表現を続けていけるのかも不安なのかもしれません。だから基礎や後ろ盾が欲しくて、習い事を続けているのかも。

また、習い事を始めると、何となく続けなくてはいけないという強迫観念が自分につきまとってきます。

もっと自分を自由にしたい

そもそも、習い事をしようも、自分の自己表現をしようも、本当に自由にやればいいのです。やりたい時に、やりたいことを思う存分にやればいい。なのに、何でこんなに悩んでいるんだろうか。

もしかしたら、勝手にいらないものを背負おうとしているのかもしれません。先生にならなきゃいけないとか、プロフェッショナルにならないと価値がないとか。うまく自己表現をしないと認めてもらえないとか。

どうしてこんなに私はがんじがらめなんだろう。そもそも、なんで自己表現がしたいんだろう。

働かなきゃいけない理由は知っているのに

私たちは、働かなきゃいけない理由を知っています。それは単純明快。働かないとお金がなくて生きていけないから。

でも、なんで自己表現をしなきゃいけないんだろう?してもしなくてもいいのに。どうしてそう思うんだろう。

もしかしたらそれは、SNSなどの発達によって、社会が個性的な人を求めているように見えてしまうからかもしれない。誰かと違う自分でいないと、存在している意義を感じれないように思えたり、理解しずらく思われると思っているのかもしれない。

いつの間にか自分に勝手に暗示をかけているのかもしれない。

そんなことを思う今、本当は私は何がしたいんだろうか。