こころ

毎日を消費しない

気づいてしまったこと。今の生き方は毎日を消費しているのかもしれない。

こなす、こなす、こなす…。

平日には仕事を、休日には予定を。そう、毎日やることをこなしているように思える毎日に気づいてしまいました。

予定を先に立てたり、計画を立てたりして、それを一生懸命こなすことでいっぱいいっぱいになっている私。

そんな自分でいないと、生きている感じがしないのか、なぜかスケジュールをいっぱいにしてしまいがちです。だけれど、何もたまにそんな自分にひどく疲れているのに気づくときもあるのです。

一体どうしたいのか

予定を立てたり、計画を立てるのは、健全な行為だと思います。

予定がなければ動けないし、将来を予測して行動しないとリスクヘッジもできないだろうから。だけれど、このそこはかとなく感じる行き止まり感ってなんなのでしょうか。

よく考えてみれば、朝昼夜の食事をこなす行為に似ているなと言うことなんです。1日3食はそうしなければならないという理由はないのに、なぜかみんなそのタイミングで食事をしますよね。

このように、理由なく予定を作ったりこなすという型にはまっている自分に違和感なんだと思います。もっと有意義な時間を過ごしたい、そんなふうに思っているのかもしれない。

有意義な時間とは

ではどんな時間が有意義な時間なのか。

思いつくのは、時間さえ忘れて打ち込んでしまうようなことです。何かを作ったり、何かを表現したり。それが自分の内側と繋がっていて、心が満たされるようなこと。

そういう自分の内側と繋がる時間が不足しているのかもしれません。

こなすことに飽き飽きとしたら、自分の内側と繋がるワークをもっとしてみるといいのかもしれない、そう思ったのでした。