こころ

友人の結婚式にて

この連休、結婚式が多いそうですが、私も友人の結婚式に行ってきました。

結婚式とは節目である

コロナ禍の結婚式は、円卓がパーテーションで仕切られていたり、項目が少なめで時間を短めにしたりと、様々な配慮がされていました。

大変な時期とはいえ、終始和やかでとても素敵な式でした。

私はといえば、正直な話、友達はみな子供の話や妊活の話がメインになってきて、全く話についていけない自分を見つけて若干気が沈んだりもしました(笑)結婚について、改めてあれこれと思いを巡らせます。

自分が前にした結婚式は、準備も曖昧で時間も少なく簡易的に済ませ、中途半端にしてしまった思い出の方が強いです。(元旦那が前日の夜中まで帰って来ず、席次表もできてない状態で夜中2〜3時くらいに泣きはらして顔がパンパンのまま式をして、それがアルバムにもなり辛い思い出でした。)

自分の結婚式は夢もへったくれもなく、ただなんとか滞りなく終わらせなくてはという気持ちが強かったので、しっかりとした幸せな式を見ていると、改めて安心感を感じます(笑)

結婚式って節目だからこそ、その二人のこれからを表しているようにも思えます。

ちなみに私は次の日の朝に、家族に裏切られる夢を見て起きて、自分の虚しさにシュンとしてしまいました(笑)

誰のためにやるのか

改めて、結婚式って誰のためにやるのかと思うと、親のためにするのかな〜と思いました。一番最後の親への手紙を読むシーンがありますが、いつもあの時が一番印象に強いです。

親元を離れてまた別の家族になりますという宣言、そして普段言えない感謝をいう場所なのかと思います。

正直、夫になる人や同僚や友人はいつでも会えるし、接している時間も多いけど、親とはどんどん接する時間が減っていってしまう。そう考えると、夫婦になるということより親への感謝とけじめをつける場所なんだと思えてくるんです。

私は自分の前の結婚式でそんな風にはできなかったし、とにかくバタバタとこなすようにしてしまったなあと反省。でもまた離婚して一人の時間が増えたから、親孝行や感謝をする時間はたくさん増えたんだと思います。

私はしばらく儀式の場所はないけれど、自分でできる範囲で親との時間や感謝を表す時間を増やしていけたらいいなと思いました。

終わりを意識して動いていく

結婚式から帰ったら、買っておいた「エンディングノート」が届いていました。老人が買うものと言われそうですが、いつ何が起きるかわからないし、独り身の私にとっては誰かに伝えておくこともできないし、伝えておいてもあまり良いことはないかもしれないから。

自分のことや生きた証を残すためにも、これからの未来を想像していくためにも大事なツールかと思います。結婚式も節目ですが、節目がない私でも、そういう時間を作るって大事なのだと思いました。

終わりを意識して取り組めば、気持ちも楽になるし、迷いが出た時も自分の中で立ち戻れる場所があると思う。

結婚式とエンディングノートの間で、何かこれからの覚悟が少し決まったような気がしました。