こころ

心の中の宝物

「意味のない宝物」そんなものを見つけたかった幼少期。

あなたにとって宝物とはなんですか?

元来私は物欲の少ない子供でした。できれば洋服や雑貨より本が欲しかったし、自分からあれ欲しいこれ欲しいとなるような子供ではなかったと思います。

昔から大事に思っていたのは、家族との時間、何気ない時間、なんでもない時の心地良さ、生きているという実感でした。意味を持たせなくても「良い」と思えるそんな宝物を見つけようとしていました。

だけど、大人になればなるほど、なぜか物欲は増えて、部屋はもので溢れかえり、情報を得るために雑誌を買い漁り、高額の費用をかけた講座やセミナーに通ったりするようになりました。

一体何がどう変わったんでしょうか。

心の隙間を埋めるように

生まれ育った街は田舎だったし、小さな頃はまだ物も情報も今ほど溢れていませんでした。

大学生の時は限りある時間と体力を使って、数少ない情報を頼りに一日中歩き回ったりしていました。そんな時間も体力も少しずつ少なくなっていき、一日の大半を「やらなくてはいけないこと」に割くようになって。

忙しいとかそんな言葉を盾に、どんどん何もできなくなって。そしてその心の隙間を埋めるように、部屋中に物を巡らせ、毎日情報に溺れています。

今、こんなにも世の中が物や情報に溢れていて、逆に苦しくなっている自分がいます。数ある正解を突きつけられているようで、自分が何かを発見したり決意する前に流されてしまいそうで。

私の宝物はどこにある?

毎日、コンビニに用事もないのに立ち寄ったり、本屋さんで目的もなく彷徨いたり。

あれはなんだったのだろう。ずっと宝物探しをしていたかもしれないと思うのです。

でもやっぱり宝物って早々簡単には見つからないし、長い時間かけたり、何度も経験したことから得られるものなのかもしれない、と最近思います。

毎日の料理や生活が小さな創作活動で、それが宝物なのかもしれない。そうだとしたらそういう暮らしを丁寧にやってみたい、そう思ったりします。