こころ

感じてみること

今日、お茶の教室に行ってみました。感じるということが久々で、自分の細胞がいきいきするのを感じました。

近所のお茶教室へ

今日は前々から気になっていた近所のお茶教室に行ってみました。ずっと気になっていたので、楽しみ半分、緊張半分。結果、すごくいい時間を過ごせました。

お茶の香りに感覚を研ぎ澄ませると、いつの間にか自分の心の内側も気になるような感じがします。この感覚は、こんな感じ、あんな感じ。そんな感覚や体の反応を楽しむ時間。

私たちは自然の一部なんだと改めて体と心をそのまま受け入れる時間となりました。

仕事をしたり、日常の雑事に追われていると、物事を理性的に考え、いつの間にか体を忘れて頭で考えることが第一になっている自分がいます。

でもお茶を飲んでいる間は、そんな自分を忘れ、自分の内側に耳を澄ませていました。

子どもの頃に感じていたあの感じ

小さな頃は、言葉が拙いからこそ、体で感じていたことが多かったなあと思います。においや味、触感に心を震わせ楽しんでいたと思います。

大人になるにつれ、考えることが増え、体の感覚が薄れていたんだなあと改めて思いました。教室中は普段の、雑味に慣れ、栄養素だけを取り入れたり、ただ食欲や満たされる感覚だけのために行っていた日々の出来事を思い返していました。

効率的だったり、何かを割り切ったり、そういう力は大人になれば当たり前に身につけなくてはいけないと思い込んでいたことに気づきました。

人間ってそういう風にはできていないな、と。

何か外の刺激に対して、体や心が反応し、頭で考える。今は順番が逆になっているのでは…と思います。

割り切れることばかりではない。自然にまかせてみる

年をとるごとに思うことですが、人生って本当に割り切れることばかりではないです。

本当に我を忘れるほど感情的になってしまうことや、どうしても気が進まなくて体が動かなかったり。そんなことがいっぱいあります。

そんな時理詰めで「あれをしたらいいのでは?」「これをしたらいいのでは?」と考えてしまいがちですが、そこへひとつ”自然にゆだねてみる”という選択肢を持ってみたいと思います。

嫌で体が動かないなら、動くまでじっと待ってみる。気分転換に別のことをしてみる。感情的になってしまったら、思いっきり感情を爆発させてみてもいいし、感情の行く末を見守ってみるのもありだと思います。

なんとかしようと頑張って自分を苦しめてしまうことがあるなら、もうひとつ選択肢を持ってみるのもありかな。そんなふうに思えた今日でした。出会いに感謝。