こころ

執着を手放して自由になろう

意固地になったり執着しまう理由は何か?そんなことを考えていました

執着してしまう原因

人との関係性や仕事に執着してしまう要因ってなんだろう。

「この状態を変えたくない」「変わりたくない」そんな思いが生み出していると思うんです。それは、相手やそのもののためではなく限りなく自分のためが含まれている感情です。

だけれど現実は毎日変わっていきます。変わらないものを見つけることこそ難しい。

だからこそ変えないために必死にそこに張り付いてしまう。そんな人間の性なのかもしれません。

よく「執着を手放しなさい」と仏教関連での教えがありますが、あれは一体何を説いているのか。おそらくですが、執着の行き着く先は「自分自身への苦しみ」に変化していくからではないかと思います。

執着してみたとて、周りが変わっていくのだから、そうするとその時はよかった気持ちが周りとずれ、環境にも合わなくなって、最後は自分の心理状態を苦しめることになるのかもしれません。

執着したものを意固地に持っておくと、いつかそれを手に入れて一時的に良くなっても、また手放してしまいたくなる、ということなのかもしれません。

あるがままに

人が何かの理由で生まれて生きることは、何かの目的があったかのようでまるで何もありません。生きてから目的を見つけ、気付き、学び、理解し、成長し、老いて死んでいく。

そのプロセスに人工的なものはほぼ皆無です。人生の流れをコントロールすることももちろんできるけれど、起きることを自分で制御することはほぼ難しいです。

だったら起きることを否定して遠ざけて意固地になったり、今までの流れに執着するよりも、ただ受け入れる時間を持ってみるのも良いと思います。

その一瞬には理解できないことも、時が流れればまた新しいことが起こっていくのだから。

目の前のことを地道に理解し、受け入れ生きていく

人生とは摩訶不思議です。

自分が想像もしなかったもの、想定もしなかったものに出会い、それを何かしらの形へと形作っていくものだから。

過去との比較で目の前の事実を受け入れずにいるより、現実を見て理解していた方が、常に自由な自分でもいられるかもしれません。自由とは足元のフワフワとした得体の知れないものに見えるかもしれません。でも、自由でいられるからこそ、いろんな経験をして味わい深い人生を歩めるのかもしれません。

全てにおいて良い悪いはないけれど、今の私には執着を手放し自由になることが必要だと思います。