こころ

人間には適度な距離感が必要だと思う

最近よく思うことです。近しい人の間にこそ「適度な距離感」というものが必要なのではないかと。

家族や恋人にこそ、距離感を。

付き合い始めの頃は「ずっと一緒がいい」と思っていたことも、時間を長く共有するにつれ、少しずつわかってくることがあります。

それは「距離感」は大切だということ。

人と長く一緒にいるということは、少なからず気を遣う部分があります。だって、自分とは全く同じ慣れない存在だし、だけど主張をしていかないと辛くなってしまうような関係だから。

話し合いで解決するという考え方もありますが、根本には距離感というものが大事に思えます。話し合いというは、勝ち負けを決めてしまいやすくなる手法だからです。

誰かと気持ちがずれてモヤモヤするときの大半は、「わかって欲しい」という気持ちの表れだと思いますが、「わかって欲しい」という気持ちが目指す状態とは一体どんな状態なんでしょうか。

理解してもらった上で自分の思い通りの行動をしてもらうこと?わかっていないのにわかったと言うようなポーズを取ってもらうこと?

私にはどちらも違うように思えます。相手の行動を変えるためや自己満足をするために誰かと一緒にいるわけではないから。

わかりあうことはできないという前提に立ってみる

わかりあえないよりは、わかりあえた方がいいとは思いますが、100%わかり合える状態というのは別々の人間なのだからあり得ないと思います。

むしろそういった「わかりあえない」という前提に立っていた方が、ことがスムーズに進むこともあるかとも思うのです。

100%わかりあえない、だからそういう時には少し距離を置いて様子を見てみるとか、相手の感情が落ち着くまで待ってみるとか、そういうことが思いやりのようにも思えるんです。

誰かと一緒にいるということは、尊いことと思う

そんなふうに、完全に混じり合えない存在だからこそ、誰かと一緒にいられるということはとても尊いことのように思えます。

自分一人じゃ経験できないことや、理解や発見があるし、新しいことにのぞむことだってできる。誰かと一緒にいることを面倒だと思っているということは、そういったことを放棄することに近しいと思うんです。

だけどそういうことをするには適切な距離感が必要。そしてそれは家族や大事な人にも言えることです。つい自分優先になって相手を傷つけるようなことを言ってしまうような時はこのことを思い返してみたいと思います。