こころ

新しいことを始めるときに、思い出してしまう過去の思い出

最近は毎日が新しいことの連続です。今は慣れていくのに精一杯。がしかし、こういう時こそ、謎のアドバイスをいただいたりして戸惑います。

家族のアドバイスをどう受け取るのか?

仕事の話を家族や友達にした時、アドバイスをもらうことって結構な頻度でありますよね。

私も今回の転職について、家族にいろいろ相談したりしました。特に家族に関して言うと、今までの個人の経験から良かれと思ってアドバイスをくれる機会が多くなります。

例えば、新しいチャレンジに対して「それはコストに見合ってないからやめたほうがいいよ」とか「面倒なことになる前にやめたほうがいいんじゃない?」など批判的な意見をもらうことは結構あります。

こういったアドバイスってとても難しいです。家族としては良かれと思って言ってくれていることは確かです。でも個人としては自分の理由を持ってやりたいと思っている。

家族が自分のことを心配して言ってくれているから、そのアドバイスを冷たく突き放すこともできないので、「まあ、そうだね…」と言葉を濁します。

そしてそんな時、私は小さい頃の記憶をよく思い出します。

小さい時の刷り込み

小さな頃、私は家族の中で一番年下だったので、よくうまくできないことをからかわれていました。

覚えたての言葉がうまく言えない時、「あはは、かわいいね。まだ赤ちゃんだもんね、仕方ないね」なんて家族で笑われた記憶や、他の家族が当たり前にできていることを「仕方ないな〜」なんて言われながら手伝ってもらったこと。

実はこの経験や記憶って、大人になった今でも自分の奥底に染み付いているものだと思います。

例えば、「自分は周りより未熟者なんだ」とか「できないことをやってもらうことは恥ずかしいことなんだ」「自分は周りよりうまくできないから、周りの人のアドバイスに従ったほうがいいんだ」など、そういった刷り込みが自分の中にあることにふと気付いたりします。

もう30歳を過ぎた大人になってもそんなことを思っているなんて恥ずかしいですが、やはり家族の中で話していると、そういった感覚は残っているものです。私だけでなく家族もそう思っている感じが残っているから。

私は、もう一人の自立した大人の人間である

当たり前ですが、もう一人の自立した大人なのです。

家族のアドバイスに戸惑うことはあるかもしれないけれど、最後に決めて生きていくのは誰でもない自分。

逆に家族のアドバイス通りにしたとして、ダメになったとき、家族を責められるかというとそうではないですよね。あとで気付くくらいなら、最初から自分を通したほうがいいです。

自分の意思で生きることは、心許無く不安に思うかもしれませんが、逆に最高に気持ちよく生きた心地のすることでもあります。

どうせなら気持ち良い景色を見てみたい。アドバイスはあくまでアドバイス。最後は自分で決めていく人生にしよう。