こころ

逃げた先で自分を見つけられるなら、逃げるが勝ち

「逃げることはみっともない」という考えもあると思います。

今日はそのことについて考えてみようと思います。

昭和最後世代の私たちの価値観

私は昭和の最後の方の世代です。平成生まれの子たちは、親と友達のような仲でいることも多いと聞きますが、昭和生まれでそういった親子関係を持つ人は少ないのではないでしょうか。

親にはお説教されて当たり前で、「今頑張れば、大人になれば苦労しない」「一度始めたことは最後までやり切ろう」「逃げるな」そういった根性論が多かったように思います。

親の教育が正しいと思わざる得ない時期もあったけれど、30代の今となれば、「親も人間。親自身の経験からその時に精一杯考えたアドバイスを口にしていたのだな」と思えるようになりました。

家族だけに限らず、年長者のいうことが正しいとして来た社会では、昔の考え方を押し付けられていた人もいたのではないでしょうか。

「汗水垂らして働かなければいけない。」「会社には忠誠を尽くして、長く働く方が良い」そういった考えに見えないうちにも支配されている人が今も私の周りにはいます。

実はみんな逃げる場所を探している

根性論と支え合いで社会が成り立っていた時代も、逃げ場所は必要だったように思います。

お酒に逃げたり、女の人に逃げたり、実家に逃げたり…笑

今だったら、コミュニティやゲームや漫画やドラマ、SNS、いろんな場所が増えました。

今も逃げ場所が変わっただけで、昔から人の中の「逃げたい」という衝動は変わらずあり続けると思います。

会社帰りのコンビニだって、何も買うものもないのにただ入るその行為でさえ逃げに近いように思います。

逃げていいんです。人間は本能的に、嫌なことがあれば危機回避のために、逃げたい生き物なんだと思います。

逃げた先に自分を見つけられたなら

誰に後ろ指をさされようと、自分の心が満足しなければ、そもそも我慢することの方が問題のように思います。

自分の心を無視して、我慢をして人生の時間を無駄にするくらいならば、逃げて逃げて逃げまくった方がいい。そんなふうに今は思います。

ただ、嫌なことから目をそらしているだけでは、ずっと自分の心は満足しないでしょう。

逃げた先に、自分の心の満足があり、自分らしさを見つけられるなら、どんどん変わっていける自分でいた方がきっと幸せです。

「逃げてはいけない」の呪縛にがんじがらめになってしまっている人に、伝えたい。

「我慢しなくて大丈夫。自分のためにも、逃げるが勝ちと一言口にしてみてください。」と。