生き方

低空飛行のススメ。

働き方が変わりつつある今、世の中の価値観もすごく変わってきていると思う。Twitterには著名人の格言がずらずらと並び、それに感化されつつも、「自分はなんてまだまだなんだ…」と少し自分が悲しくなる瞬間もある。

でも本当に思うのは、人と比べてもどうしようもないのだ。自分の人生は自分から学んで、自分で作っていくものだと思うから。

競争社会で生きた私の20代まで

私は小さい時から塾通いで中学・高校・大学と受験して、割と偏差値の高い学校に通ってきた。さらに就職先も世の中でよく知られた大企業だった。親としては安心できるキャリアだったと思う。

けれど、私自身はどうだったか?いつも誰かと比べられなくてはいけなかった。いつも自分のポジションを周りと比べていた。そして本当に無駄なプライドや見栄がくっついてきた。見た目や年収、キャリアと磨かないといけないものに必死だった。

20代後半に差し掛かってそろそろ結婚しなくてはいけないと思って結婚したし、見栄を張って借金のことも誰にも言えなかった。ずっと何かしらない大きなものと戦っていた。その正体は今でもわからない。

壊れた瞬間に見えた景色

ブラック企業で心と体を酷使して、離婚して、お金もマイナスで、すべてを失った…と思った時、初めて自分の人生が滑稽に見えた。不思議なことに、自分の人生にそれまで疑問を抱いていなかった。ただ目の前のことをこなして生き延びることしか考えていなかった。

それがとてつもなく滑稽で、「私が目指していた未来ってなんだっけ?」と初めて本質的な問いを自分にするようになった。

親がお金に苦労した世代なので、「なんとかしていい会社に入れて生活に苦労しないように」といい教育を受けさせてくれたし、事実自分の人生もその方向に進んでいった。もし自分の土台がなければ、会社に勤めてそれなりの給料をいただけるまでにならなかったと思うので、親には感謝しかないのだけど、それにしても自分で考えるということを放棄していたなと思う。

全部が壊れて残っていたのは、器用貧乏な情けない自分の姿しかなかった。東京では格安家賃の3万円のアパートでじっと自分とは何か考える日々が続いた。

今更、多くを求めようとなんて思わない

「ここまでダメになったらあとは上がっていくしかない」なんて思えなかった。全く前向きな気持ちも湧きおこらず、絶望する期間が続いた。とにかくお金を返すだけに必死の日々で、お金のことを考えて、本業に副業にと働きづくめで1年が終わった。

お金の返済完了の目処がついた頃、初めて心の余裕が出てきたのか、未来のことを考えるようになった。でもそれは野望めいたことではない。どうやって生きていくかという至極リアルなこと。

「このままシングルで一生を過ごすのか、もしそうならどれくらいお金を稼がなくてはいけないのか。会社に縛られる人生はもう嫌だ。」

世の中の色んな人が、「これからは、好きなことして生きていくということができる」と言うけれど、私にはまだまだ遠い世界です。そもそも好きなことが何かもちゃんとわかっていないんだよ。

誰かが言った「こっちの方がいい」を目指すのもいいけど、私は今は「日々何をしたら楽しくなるか」くらいの温度感で生きていきたい。それはおいしいご飯を作れた喜びかもしれないし、心踊るドラマを見たくらいのことでもいい。

無理をして頑張ったら得られるものが大きいのは、それはそうだと思う。けど、今の私は無理する必要がないし、欲しいものなんてない。

ただ生きている、それが少し明日は楽しくなる、それくらいの日々を重ねていきたい。低空飛行で行こう。